2015年11月23日

続・腹が出てきた。


無事、安定期を迎え、はっ!と気付いた戌の日当日は仕事だったので自宅で安産祈願をした…とツイッターに書いたら友が偶然いた神社で変わりにお参りと、また別の友が安産護り(写真)を送ってくれた。
とても有難かった。生まれる前から気にかけてもらって腹の子は幸せ者です。



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前回の日記「腹が出てきた。」で日記が止まっていたので続・腹が出てきた。を。
OKさんは無事に退院した。
週に何回かのリハビリと通院という日常。怪我が治るには時間が必要なので、それもどのように治っていくのか詳しくはわからないので時間にそって様子を見ながらやっていくのだろうなと思う。目には見えない苦しみや葛藤や闘いがあるだろうけど、OKさんからまた生まれる物たち、物語りをひっそりと楽しみにしている。

気にかけ、心配りくださった皆さん、心からありがとうございました。
この場をお借りしてお礼申し上げます。



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さてさて、わたしの方はと言えば、妊婦となってから予防しているのに風邪をひいてしまう事が増えました。ある日寝起きに喉へ突き刺すような痛みが来てそのまま広がり、歌えるような状態でない。一番テンション下がるパターンの喉からの風邪、栄養とビタミン補給と蜂蜜大根シロップと頼みの綱の葛根湯でなんとか乗り切るという事数回…正直もうイヤ。風邪菌の近寄れない膜に覆われたい。



そんな中での11/7の生野区聖和教会でのライブは普段より音を下げたり、テンポを落としたり上げたりしながら、教会の素晴らしい響きに助けられ集中して気持ちよく歌えました。
年明けはらぼて中の子育てプラザのライブ依頼と、再び一年後のコンサートの依頼をいただく。産んだ後、指標があるというのはとても有難い事です。



そして昨日の生野区速成寺の音楽法要、仏様の元でたくさんのご来場の皆さんの前で歌った事、めったに出来ない経験をさせていただきました。



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木村充揮さん、もうどっかんどっかん盛り上がってました。懇親会に残られた皆さんもたくさんで、音楽法要は仏様の前で和やかに無事終わりました。



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ライブまでの日々は緊張の時間の連続。
それはステージに立つまで続く。
そしてマイクを目の前にし、声を発する為の一呼吸、感謝の気持ちが溢れ出す。
第一声を発した時、たちまち幸福感に包まれ、わたしは一体、目の前の人へ何ができるのだろう。
一瞬、そういった事を考える。
でも、自分が何を出来るかなんて、そんなもの必要ない、今、このステージでは。と、どんどん脱いでいく。脱いで脱いで、はだかで。結局は、歌の生まれてきたその想いのようなものだけになる。だから何も考えない。


それなのに、ごちゃごちゃと日々、遠回りしたり、近道して間違ったり、焦ったり慌てたり、相変わらずな時間を過ごしながらステージへ向かっている。



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何をしても気の落ち着けない日々も終わりを迎え、自分の身体や、季節の移ろいに目を向けられるような日々が戻ってきた。



新しい歌を、書きたい。
posted by こめす at 11:52| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月26日

腹が出てきた。


腹が出てきた。
ワンピースが楽だ。
自分ではそんなに出ていると思っていなかったけれどゆるめのワンピースを着ていても「もしかしておめでた?」と聞かれて、ああもう自己申告なしでもわかる人にはわかるのか。と思った。

わたしは子宮筋腫合併妊娠というやつで妊娠がわかったときには二十人に一人クラスと言われる大きな塊が子宮に二つも育っていた。あとそれに比べれば控えめなのがいくつかあるらしい。先生が詳しく言わないのでわたしも聞かない。一つ三センチほどのがあるのは知っていたので年に一度は検診に行っていたけれど妊娠ホルモンで大きくなっていたのだった。幸いなんの不調もなく順調だったのでこのまま様子見しながらやっていく。最初は二つの筋腫が盛り上がってそれ専用のズボンを買ったりしていて、狭いよな?と腹の子に申し訳ないような気持ちと腹のふくらみが筋腫なのがなんとなく嫌だったけれど、ようやく胎児の方が大きくなったので筋腫で盛り上がっていない方の腹を毎日なでている。なので三つ子のような腹の出具合。子宮筋腫合併妊娠でも無事に出産している人はたくさんいるし、確かにリスクはあるけどあるものは仕方ないし不安になってもどうしようもないのでここにこういう事を書いてもどうか心配なさらないで、そこらへんにある話だと思ってください。


いつのどんな時も、
事実は事実として受け入れて気持ちは前向きで、
手の及ばない部分はプロ(先生)にお任せするしかないし、
一応リスクは知っておいて何か決断を迫られた時には、
納得のいく判断ができるようにとは思ってる。


いや〜それにしてもよく妊娠できたと思う。
必死でしがみついたであろう我が子に栄養を送り続けよう。


先週木工職人のOKさんがちょっと大きな怪我をして救急車で運ばれ手術をし、今は病院のベッドの上で安静を言い渡されている。救急車の中からの電話、OKさんの声や言葉はこの先一生忘れないと思う。
手術を待つ間、OKさんの親友がかけつけてくれた。わたしは入院のしおりなどを読みながら入院に必要な物や本人に聞かなければならない質問事項などを夢中で書き出していた。とにかく何かをしていなければ保てないような心境だったのでOKさんの親友が来てくれたことが有難かった。手術への同意書に妻としてサインをし、看護師さんに「奥さん」と呼ばれ、妊婦さんだしまだ長引くからとソファに横にならせてもらい、籍を入れて間もなかったわたしたちが夫婦になったと強く実感したのがふたりして病院ってなんて幕開けなのかと数日後に思った。私たちは地元が大阪ではないので近くの身内はふたりだけということになるというのもこの時思い知った。
でも、次の日にはOKさんの親友が家に来てくれ怪我をした作業場を片付けてくれ、病院へ荷物とわたしを運んでくれた。そして今OKさんが仕事で関わっている友人ご夫婦が駆けつけてくれ、その夜にはりょうちゃんキョンちゃんが病室へ来てくれやけに饒舌なわたしを家まで送ってくれた。
OKさんは自分が居ない間身重のわたしをよろしく頼みますとベッドの上からりょうちゃんキョンちゃんへ連絡してくれていたらしい。OKさんのお母さんもお姉さんもOKさんが心配だろうに、みんなみんながわたしの体を心配してくれていて気遣ってくれてとても有難かった。有難かったからこそ、事情を知る職場の人たちにも自然と気丈に振舞っていたように思う。

でも、入院二日目の夜もやはり寝付けなく、しばらくぼーっとしていたら涙があふれてきた。びっくりしたと同時に声を出して泣いていた。前向きな気持ちも、大丈夫です、ありがとうございます、という気持ちも全部本当のものではあるのだけれど、起こってしまった出来事はやはり悲しい出来事で、それをわたしの心より先に、わたしの体が反応し、涙となって示した。腹の中のチビにごめん、びっくりしてるやろうけど今だけやから。としばらく泣き続けた。そして日記を書いた。
あああああ、すっかり泣かなくなっていたので忘れていたけれど、何か起こった時にはいつもこうしていた事を思い出した。気づかないふりをしていると、体のどこかが反応する。涙のときもあれば、前触れ無く腰が痛み立てなくなるようなこともあった。どれも思い当たる節があった。


悲しいことだ、悲劇だ、マイナスだ、
と自覚すること、
可哀想だとかそういうのとは違って、
事実は事実として受け入れること、
それによって、
悲しい不安だ心細い、
惨めだ、情けない、そんな自分が嫌いだ、
などそういったネガティブと呼ばれる感情を
はっきりと自覚すること、
抱きしめて、手放すこと。

それがわたしにとってはとても大切なようで、
やみくもに突っ走ることはできない。
そういった出来事に、
心に負った傷に、
大きいも小さいもない。
誰にもはかれないものだ。
考えて、じっくりやっていきたい。
そこに関わってくれる人たちの顔を思い浮かべながら。


そしてそうは言っても心身ともにドタバタだったので予定外の検診を受けに行き、腹の子の確認をしてもらい、OKさんに購入反対されていたエンジェルサウンズという胎児の心音の聞ける機械を買ってしまった。
わたしはお金で安心を買いました。
冗談はさておき、みんなへ言うわたしの「大丈夫」に説得力が要ると思ったので。
安心したいとか、そういう気持ちもないことはないのだけれど、妊娠初期、始めて自分の腹の中の子の心音を聞いたとき、ものすごく胸にくるものがあった。泣きそうだった。感動した。エコーでびよんびよん動いているのを見たときより、心音を聞いたときの衝撃がすごかった。
「もう一度聞きたい」
機械が届いて初めてはヘッドフォンで聞いたけど、
次回はスピーカーに繋げて聞きたいと思う。


当たり前なんだけれど、
動き始めた心臓は、死ぬまで動いている。
わたしの心臓は、
母の腹の中で魚みたいな形の時から、
一度も止まることなく動いているのだ。
当たり前のことなんだけど、
とても不思議に感じた。


そこらへんに転がった日々の歌
風の音に消されちゃう小さな歌


そんな風に思って読んでもらえたらと思います。
どうか心配なさらず、
木枯らし1号も吹いたことですし、
急いで冬支度しなくちゃ
ね。



posted by こめす at 07:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

誠に


ベビーな話しで恐縮ですが、
ただいま体内で人を培養中です。


この数ヶ月、変化してゆく体に向き合いながら生活も変化させていく日々でした。
今までのようにギターを持ってスタンディングで歌うと、ポンプのようにめいっぱい息を吸ってしまい早々に息が上がってしまったり、上手く腹筋が使えなかったり、それを解消するべく座って歌ってみたり…試行錯誤しながら今現在の体でようやくバランスが取れるようになってきました。


この先、
どのような変化があるのか、
どのような事が起こるのか、
それは私にもわかりませんが、
どんな形となろうとも、
全てを受け入れていく所存です。


順調にゆけば、
春と新緑の季節の狭間に会えるようです。


今まで憩いの場で顔見知りだったお姉様方へ告げると皆さんお産ストーリーを聞かせてくれます。これにはとてもビックリしました。すごく個人的な事だとは思うのですが、そうなんだよな、あの人の子供が今一緒に乾杯しているこの人で…おなか膨らませて出産してオギャーして寝返りうってハイハイしてよちよちして…なんて考え出したらもう頭ぐるぐるしてしまってオーバーヒート。
まだまだ修行が足りないな…と酒場のカウンターで思ったりするのでした。


もう言うてるまーに安定期と言われる時期らしいし、今月は知人に会えるライブの機会がとても多かったので直接伝えたりステージで歌って伝えてきました。でももうステージで伝えるのも終わりにしようと思いますので、あまり更新できなかった期間もブログに毎日訪れてくれる皆さんへ、報告させていただきました。


個人的な事ではあるんですが、
私にとっては大きな出来事で、
今までの様に日記を綴るためにも一度書いておきたいと思ったのでした。


今、自分で作った古い曲をたくさん歌いたい気分で、潜って見つめてきたあの時間をとても身近に感じます。郷愁や哀愁というのとは違って、確かに存在していたもので、私を中から作ったものたちをひしひしと感じているんです。だからなのか古い曲が自然に歌える自分に驚きつつ、また、新しい扉を探しているような、そのドアノブの感触をイメージしているような、そんな感じです。


体と相談しながらとなりますが、
ギリギリまで歌っていきたいと思いますので、
またライブへ足を運んで下さったらうれしいです。


次のライブは難波屋さんで、
元維新派の役者、岩村吉純(ギター、歌)さんと二人でワンステージずつ歌います。


10/25(日)西成@難波屋
16:00〜18:00 チップ制
※18:00〜はねぎやアキラ祭りが引き続き開催されますので是非お楽しみくださーい!



お待ちしておりまさよ。
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posted by こめす at 17:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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