2015年10月26日

腹が出てきた。


腹が出てきた。
ワンピースが楽だ。
自分ではそんなに出ていると思っていなかったけれどゆるめのワンピースを着ていても「もしかしておめでた?」と聞かれて、ああもう自己申告なしでもわかる人にはわかるのか。と思った。

わたしは子宮筋腫合併妊娠というやつで妊娠がわかったときには二十人に一人クラスと言われる大きな塊が子宮に二つも育っていた。あとそれに比べれば控えめなのがいくつかあるらしい。先生が詳しく言わないのでわたしも聞かない。一つ三センチほどのがあるのは知っていたので年に一度は検診に行っていたけれど妊娠ホルモンで大きくなっていたのだった。幸いなんの不調もなく順調だったのでこのまま様子見しながらやっていく。最初は二つの筋腫が盛り上がってそれ専用のズボンを買ったりしていて、狭いよな?と腹の子に申し訳ないような気持ちと腹のふくらみが筋腫なのがなんとなく嫌だったけれど、ようやく胎児の方が大きくなったので筋腫で盛り上がっていない方の腹を毎日なでている。なので三つ子のような腹の出具合。子宮筋腫合併妊娠でも無事に出産している人はたくさんいるし、確かにリスクはあるけどあるものは仕方ないし不安になってもどうしようもないのでここにこういう事を書いてもどうか心配なさらないで、そこらへんにある話だと思ってください。


いつのどんな時も、
事実は事実として受け入れて気持ちは前向きで、
手の及ばない部分はプロ(先生)にお任せするしかないし、
一応リスクは知っておいて何か決断を迫られた時には、
納得のいく判断ができるようにとは思ってる。


いや〜それにしてもよく妊娠できたと思う。
必死でしがみついたであろう我が子に栄養を送り続けよう。


先週木工職人のOKさんがちょっと大きな怪我をして救急車で運ばれ手術をし、今は病院のベッドの上で安静を言い渡されている。救急車の中からの電話、OKさんの声や言葉はこの先一生忘れないと思う。
手術を待つ間、OKさんの親友がかけつけてくれた。わたしは入院のしおりなどを読みながら入院に必要な物や本人に聞かなければならない質問事項などを夢中で書き出していた。とにかく何かをしていなければ保てないような心境だったのでOKさんの親友が来てくれたことが有難かった。手術への同意書に妻としてサインをし、看護師さんに「奥さん」と呼ばれ、妊婦さんだしまだ長引くからとソファに横にならせてもらい、籍を入れて間もなかったわたしたちが夫婦になったと強く実感したのがふたりして病院ってなんて幕開けなのかと数日後に思った。私たちは地元が大阪ではないので近くの身内はふたりだけということになるというのもこの時思い知った。
でも、次の日にはOKさんの親友が家に来てくれ怪我をした作業場を片付けてくれ、病院へ荷物とわたしを運んでくれた。そして今OKさんが仕事で関わっている友人ご夫婦が駆けつけてくれ、その夜にはりょうちゃんキョンちゃんが病室へ来てくれやけに饒舌なわたしを家まで送ってくれた。
OKさんは自分が居ない間身重のわたしをよろしく頼みますとベッドの上からりょうちゃんキョンちゃんへ連絡してくれていたらしい。OKさんのお母さんもお姉さんもOKさんが心配だろうに、みんなみんながわたしの体を心配してくれていて気遣ってくれてとても有難かった。有難かったからこそ、事情を知る職場の人たちにも自然と気丈に振舞っていたように思う。

でも、入院二日目の夜もやはり寝付けなく、しばらくぼーっとしていたら涙があふれてきた。びっくりしたと同時に声を出して泣いていた。前向きな気持ちも、大丈夫です、ありがとうございます、という気持ちも全部本当のものではあるのだけれど、起こってしまった出来事はやはり悲しい出来事で、それをわたしの心より先に、わたしの体が反応し、涙となって示した。腹の中のチビにごめん、びっくりしてるやろうけど今だけやから。としばらく泣き続けた。そして日記を書いた。
あああああ、すっかり泣かなくなっていたので忘れていたけれど、何か起こった時にはいつもこうしていた事を思い出した。気づかないふりをしていると、体のどこかが反応する。涙のときもあれば、前触れ無く腰が痛み立てなくなるようなこともあった。どれも思い当たる節があった。


悲しいことだ、悲劇だ、マイナスだ、
と自覚すること、
可哀想だとかそういうのとは違って、
事実は事実として受け入れること、
それによって、
悲しい不安だ心細い、
惨めだ、情けない、そんな自分が嫌いだ、
などそういったネガティブと呼ばれる感情を
はっきりと自覚すること、
抱きしめて、手放すこと。

それがわたしにとってはとても大切なようで、
やみくもに突っ走ることはできない。
そういった出来事に、
心に負った傷に、
大きいも小さいもない。
誰にもはかれないものだ。
考えて、じっくりやっていきたい。
そこに関わってくれる人たちの顔を思い浮かべながら。


そしてそうは言っても心身ともにドタバタだったので予定外の検診を受けに行き、腹の子の確認をしてもらい、OKさんに購入反対されていたエンジェルサウンズという胎児の心音の聞ける機械を買ってしまった。
わたしはお金で安心を買いました。
冗談はさておき、みんなへ言うわたしの「大丈夫」に説得力が要ると思ったので。
安心したいとか、そういう気持ちもないことはないのだけれど、妊娠初期、始めて自分の腹の中の子の心音を聞いたとき、ものすごく胸にくるものがあった。泣きそうだった。感動した。エコーでびよんびよん動いているのを見たときより、心音を聞いたときの衝撃がすごかった。
「もう一度聞きたい」
機械が届いて初めてはヘッドフォンで聞いたけど、
次回はスピーカーに繋げて聞きたいと思う。


当たり前なんだけれど、
動き始めた心臓は、死ぬまで動いている。
わたしの心臓は、
母の腹の中で魚みたいな形の時から、
一度も止まることなく動いているのだ。
当たり前のことなんだけど、
とても不思議に感じた。


そこらへんに転がった日々の歌
風の音に消されちゃう小さな歌


そんな風に思って読んでもらえたらと思います。
どうか心配なさらず、
木枯らし1号も吹いたことですし、
急いで冬支度しなくちゃ
ね。



posted by こめす at 07:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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